今季の振り返りと今後の課題

 ご無沙汰しております。佐久間です。

 

 はじめに、15号・19号・20号と立て続けに日本列島を襲った台風による災害で亡くなった方々に哀悼の意を表します。また、今回の災害で被災された方々、いまだに避難を余儀なくされている方々にお見舞い申し上げます。

 台風19号が上陸した日、たまたま福島県郡山市に逗留していたため、旅人として被害のようすを目の当たりにしました。被災された住民の方々の苦労は想像を絶するものがあると思います。地球規模の気候変動に待ったをかけられるかどうかはわかりませんが、今後も増えるであろう災害に対する備えを迫られる時期にきてしまったことを痛感しました。

 

 ということで本題に入ります。

 今季は、週に2日から3日くらい、しかも毎週ではないくらいの頻度でヒグマ情報センターのお手伝いをしました。間をあけて顔を出すと、コースの状況やセンター内のようすが変わっていて、変化が目に見えてわかりました。常連のお客さんも、トレイルの状況が目に見えてよくなり、お礼を言われることもありました。

 トレイルが歩きやすくなったこと、情報発信を始めたこと、コースが1周できるようになったことが今季の主な改善点だったと思いますが、それとともにコース運営にあたっての課題も見えてきました。おおむね以下のようなものです。

 

1. コースの開放時間は今のままで良いのか?

2. 残雪期と紅葉期に限られていたコース1周をフルシーズンに拡大すべきか?

3. コース整備の程度は現状のままで良いのか?

4. 三笠新道は廃道にすべきではないか?

5. コース内は食事禁止、禁煙にすべきではないのか?

 

 他にもあるかもしれませんが、いま思いつくのはこれくらいです。では個々の課題についてちょっと考えてみます。

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3シーズン利用しなかったおかげで苔むしたトレイル



1.コースの開放時期や開放時間は今のままで良いのか?

 現在コースへの入場は朝7時から午後1時まで、退場は午後3時までとなっています。 この時間が設定された経緯は知りませんが、おそらくヒグマが活動的な時間帯が朝夕という知見が元になっているのではないかと思われます。ところが実際に沼コースでヒグマの活動を観察していると、日が高い時間帯でも摂食したり遊んだり移動したりと、けっこう活発に動き回っているのがわかります。どのようなデータをもとにコースの開放時間を決めたのか疑問です。

 また、これは海外からのお客さんにとくに顕著なのですが、わりと遅い時間帯に入場する方が多いようです。なかには受付時間の午後1時を過ぎて来られる方もいます。ふつうに考えても昼過ぎに来たらもう入れないというのは早すぎる気がしますし、「朝夕に活動的なヒグマ」という”常識”からすると、昼過ぎの1時・2時という時間帯は、活動が鈍く遭遇の可能性が低そうな気もします。

 というわけで、科学的なデータをもとにして、コース開放時間の再検討が必要なのではないかと思います。個人的には、もう1時間か2時間くらい後ろにずらして、朝8時入場開始で午後4時までに退場くらいでいいのではないかと考えます。季節的な日の長さを考慮に入れてもいいかもしれません。

 

 

2.残雪期と紅葉期に限られていたコース1周をフルシーズンに拡大すべきか?

 2016年の夏に北海道を襲った台風被害により、2016年秋と2017・2018年のほぼ3シーズンにわたって閉鎖されていた空沼とヤンべ分岐の間が、この秋から通行可能になりました。2015年以前は:

A. コースがオープンする6月下旬から三笠新道にヒグマが居つく7月上旬までコース1周可能

B. コース上部の草地にヒグマの活動が見られる7月上旬から9月上旬までは、高原沼往復

C. コース上部の草地にヒグマの姿が見られなくなる9月中旬以降(紅葉期)は1周可能

というコース利用上の区分がされていました。

 1周できるか出来ないかの判断は、大学沼と高原ピークの2箇所の観察ポイントでヒグマが観察されるか否かを判断基準にしています。ところがこれはあくまで、見通しの良い観察ポイントからヒグマの姿が目視できるかどうかということであり、ヒグマが本当にいるかいないのかは判断できません。実際、AやCの時期にも樹林帯にはヒグマの痕跡(足跡や糞)があります。つまり一定の場所からのヒグマの目視だけで、1周できる出来ないを判断するのは根拠に乏しいといえます。

 

 ヤンべタップ川の渡渉点が修復された今季以降、物理的にはフルシズーンの1周が可能になった現在、ヒグマの目視の有無を1周できるか出来ないかの根拠にするのには無理があります。コース運用には別の視点が必要かと思います。

 従来の通行規制の根拠は(たとえ根拠が薄弱だとしても)「ヒグマとの時間的な棲み分け」でした。だとしたら、もうひとつの視点は「ヒグマとの空間的な棲み分け」ではないでしょか。この秋にコースを1周した方は気づいたかもしれませんが、空沼とヤンべ分岐の間は、コース上のそれ以外の場所に比べて明らかにヒグマの痕跡(とくに糞)が多いです。約3シーズンにわたってヒトがほとんど通らなかったことによって、「ここにはヒトが来ない」とヒグマの側が学習したのかもしれません。ヒグマがひかくてき利用しやすいエリアといっていいかもしれません。

 これに対して、ヤンべ分岐から緑沼を経て高原沼までのエリアは、ヒトがよく利用する場所であり、ヒグマにとっては利用しにくいエリアでしょう。もちろん痕跡はありますので、コース上を歩いたり横断することはありますが、常にヒトの存在を気にしなくてはならないエリアといえます。

 また、コース上部の草地(高根ヶ原東斜面)はヒトの目を気にせずに菜食したり涼んだりできるヒグマの活動の中心となるコアエリアと考えられます。ということで、以下のようなゾーニングを設定することも考えられます。

 

イ.ヤンべ分岐から高原沼までのヒトがよく利用するエリア(利用可能地区)

ロ.空沼からヤンべ分岐の間はヒグマが利用しやすいエリア(緩衝地帯)※

ハ.コース上部の草地はヒグマの活動の中心となるコアエリア(立入禁止地区)

 ※緩衝地帯はヒトの利用を制限する

 

 さらなるデータの蓄積が必要かもしれませんが、従来型の「ヒグマとの時間的な棲み分け」に加えて、「ヒグマとの空間的な棲み分け」も視野に入れたゾーニングを再考すべき時ではないでしょうか。

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2週間でもとに戻ったトレイル



3. コース整備の程度は現状のままで良いのか?

 この問題は上に述べた「ヒグマとの棲み分けを考えたゾーニング」にも関わってきますが、現状のコースの利用状況を見てみると、大雪山グレードで分けられている

a. コース入り口から緑沼まではグレード2

b. 緑沼から高原沼を経てヤンべ分岐までがグレード3

というゾーニングは大雑把過ぎると思われます。

 コースタイムや利用者の体力的な限界から、最も多く利用されるのは緑沼までの区間で、次が高原沼までの区間であり、1周は少ないという印象です。これは個人的な感想ですが、緑沼までの区間をグレード2だとすると、高原沼まではグレード3、空沼からヤンべ分岐まではグレード4としてもいいのではないでしょうか。

 それに合わせて、整備の方も:

 

a’. 緑沼までは一般観光客でも頑張れば行ける整備されたトレイル

b’. 緑沼から高原沼まではハイキング(登山)用トレイル

c’. 空沼からヤンべ分岐までは必要最低限度の整備にとどめる

 

という感じです。

 

 またこのゾーニングには、植生保護の視点も必要かと思います。

 ほぼ3シーズンにわたってヒトが利用しなかった空沼~ヤンべ分岐間のトレイルは、9月上旬まで、場所によっては植生が復元して踏み跡が見えなくなっていたり、岩の上に苔が生えてフカフカになっていました。ところが、1周できるようになって半月ほどで、2015年以前の状態、つまり普通の登山道に戻っていました。なかには、ぬかるみを避けて歩いたために新しい踏み跡ができてしまった箇所もありました。

 これは明らかにオーバーユースではないでしょうか。もちろん登山道ですから踏まれるのは当たり前かもしれませんが、1日何人とか1シーズン何人とかの適正人数というのはあると思います。「必要最低限度の整備にとどめる」ことに加えて、植生保護上の何らかの制限も検討されていいと感じました。

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新たに踏み跡がついてしまった箇所



4. 三笠新道は廃道にすべきではないか?

 空沼手前から高根ヶ原へ登る、いわゆる「三笠新道」は、ヒグマ情報センターがオープンする6月下旬から開放され、コース上にヒグマが居つく7月10日前後に例年通行止めとなっています。現在は登山道扱いになっているものの、トレイル上がほぼ雪に覆われている残雪期の20日間くらいしか登山者が利用しないために、「水平部」と呼ばれるコースの下部はもはや踏み跡は見えず、所どころ岩に古いペンキのマーカーが残っているだけの「登山道」です。もちろん登山道の維持管理作業は行っていません。

 残雪期を含む積雪期つまり冬山では、登山道上を歩く必要はなく(むしろ忠実にトレースするのは不可能)、どこを歩こうが自由です。むろん雪崩の危険のありそうな場所は避けるべきですが、これは登山者の自己責任に属します。であれば、雪のある時期にしか利用できない三笠新道は、登山道である必要はないと思います。登山道としての利用は止め、ヒグマの活動の中心となるコアエリアとして、残雪期の20日間(ヒグマが利用していない時期)以外は、人の立ち入りを原則禁止とした方がスッキリするのではないでしょうか。

 

 

5. コース内は食事禁止、禁煙にすべきではないのか?

 ヒグマは視覚よりも聴覚や嗅覚が発達している動物です。とくに嗅覚は鋭く、遠く離れた食べ物の匂いにも反応すると言われます。それを根拠に、コース内では火器を使った炊事を禁止しており、それに準じたカップラーメンやドリップコーヒーも遠慮してもらっています。

 ところが現場ではこれだけでは不十分ではないかと感じます。例えば、ビーフジャーキーや鮭とばのような燻製や、唐揚げ弁当などもかなり匂いが強く、ヒグマを引き寄せる誘因になると思われます。

 またタバコのような不自然な匂いも、好きか嫌いかは別として、ヒグマは敏感であると考えられますし、森林火災予防の観点からも、マッチやライターなどの持ち込みはしない方がいいでしょう。

 以上からコース内は、飲料を除いて、食事と喫煙は禁止すべきと考えます。飲み物も、香りの強いコーヒーやハーブティーは遠慮していただきたいです。

 コース1周は、写真を撮りながら歩いて5時間くらいですから、朝食をしっかり採れば、間食なしでも我慢できる範囲ではないでしょうか。

 

 

 以上いろいろ書いてきましたが、これはあくまで個人的な感想です。センター内での話し合いのうえ、環境省や北海道・国有林林野庁)・上川町などの関係機関との合意がなければ実現できないこともあります。それを承知の上での提案ですが、利用者の皆さんはどうお考えでしょうか?ご意見をいただければ幸いです。